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法隆寺の桜(記事はこちら)
山陰本線 出雲市付近(記事はこちら)
野付半島(北海道)(記事はこちら)
上品蓮台寺(京都)の枝垂桜 (記事はこちら)
雪の只見線(会津)(記事はこちら)
五能線(青森)(記事はこちら)
厳島神社(広島)(記事はこちら)
釧網本線 茅沼駅(北海道)(記事はこちら)(ミラーサイト)
朝焼けの立山連峰(富山)(記事はこちら)
2017/03«│ 2017/04| 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 »2017/05
22:17:20
さて 友達と京都駅で別れた後
どこか特別拝観を見ておこう。。。
こういう時こそアクセスしやすい知恩院だなっ!
P1060739_01.jpg
てことで 浄土宗の総本山。法然上人のお寺ですね~
P1060742.jpg
どでかい三門の前の階段は登りにくいので
横の坂道から行くのがいいんだけど。。。そっちも結構急坂
P1060741.jpg
工事中の所がまだまだ多くて
あまり奥まで行ったことが無いんだよねぇ。。。
池があるなんてしらなかった!
P1060744.jpg
法然上人の石像が躍動感があっていいね~。
修理中で覆われている御影堂の裏手に
また階段。。。ここを登った所にある勢至堂が
そもそも法然上人が庵を構えた所で、知恩院の起源ということです
P1060746.jpg
と。。。登ってる途中で思い出した。。。
あれ?何となく初めて見るものが多くて登って来て
しまったけど。。。そもそもの目的は特別拝観!
P1060748.jpg
えーと。。。どこだろう。。
うろうろ。。うろうろ。。
と うろついてようやく特別拝観の看板を見つけたら。。。
閉店がらがら~~(;´д` ) トホホ
またもやタッチの差で入れなかった~~ん
ということで失意の中バスに乗って
P1060752.jpg
ブラブラ歩いていたら発見!
そうそう、近くまで来たことあるのに
まだ入ったことなかったんだった。。。
ってことで
P1060753.jpg
寺町通にある下御霊神社!
平安初期からの歴史のある神社
非業の死を遂げた者が疫病や災害を起す怨霊と考え
それを御霊として畏れ敬うことで鎮めようという
御霊信仰に基づく御霊会が始まり。
P1060756.jpg
祟道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原吉子、藤原広嗣、橘逸勢、文屋宮田麻呂
吉備聖霊、火雷天神の八所御霊を祀る
上段の六座は非業の死を遂げて怨霊になったと言われる人々
吉備~は吉備真備でこの人は怨霊ではなくて学者で大臣になった人
どうやら陰陽師の元祖みたいな人で藤原広嗣の霊を鎮めたと言われているので
セットにされてしまったのかなぁ。。
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ここはオイシイ水でも有名
江戸の頃に感応水というのがあって干ばつの時に
役立ったという話があったそうですが、
それとは別に井戸を掘ったら出て来た水が
口コミでオイシイと広がったそうです。。
P1060759.jpg
手水舎の写真を撮りたいんだけど。。。
次から次へとお水を汲みに来る人が居て
撮れないww
P1060762.jpg
怨霊つながり。。と言うとちょっと失礼な感じですが
摂社に天満宮もあります~。
P1060770.jpg
社殿は天明の大火(1788)で焼失した後再建されたもので
本殿は仮皇居の内侍処を移築。
表門は旧建礼門!神社なのに瓦屋根ってのは
そういうことだったのねぇ。。。
P1060773.jpg
京都御苑のすぐ南のこの下御霊神社。御苑を挟んだ北には
上御霊神社があります。どちらも同じ祭神なのになんで別れてるんだろう。。
しかし、よく来ているとは言え縁もゆかりもない場所の夕暮れは
寂しげなはずなんですが、ここはなんか落ち着くなぁ
P1060774.jpg
下御霊神社を出て、小ぎれいな雰囲気の寺町通を南下
すると。。。こうどうの文字!!
そうか ここだったのか~~
P1060777.jpg
六角堂が京都のへそ として有名ですが、あちらが
京都の南の町堂的な役割だったのに対し、北の方の町堂的
役割だったというのがこの革堂こと行願寺
鹿を射止めた時に死んだ鹿の腹から小鹿が生まれたのを
目の当たりにしたとき発心して仏門に入ったという行円が建てたお寺
行円は常に鹿の皮をまとっていたので革の聖と呼ばれた。

その後ホテルまで三条通を越えて歩いていったんですが
三条通より下の寺町通は、アーケードの商店街で楽しい所だけど
三条通より北のこの辺りは静かで落ち着いているけど、
寂れているわけじゃなくて居心地がいい。
途中でジャズ専門の中古レコード屋さんを見つけて
ふらっと入ったら、探していたCDを発見!!
またブラブラしたい所になりました~~。

今度はこの付近でランチ的なことをしよう!

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Tag:京都│ Category:全国制覇放浪記コメント:2│ トラックバック :--
21:57:59
ちょいと間があいてしまったけど、友達を京都案内中でございます~
八坂神社に行った後は、なぜか西賀茂へ。。。
どうやらテレビで得た情報をもとにお土産を頼まれたようで。。
チーズケーキ屋さんに行くことにw
遠い上に要冷蔵なので、結構ハードル高いお土産だなぁ
てことで、お土産を何とか買った後に来たのは
P1060718.jpg
神光院さんです~。
久しぶりですが、西賀茂と言えばもうここに来るしかないw
江戸後期の歌人、太田垣蓮月ゆかりのお寺。
ここはやはり桜の時期がいいなぁ。。
P1060720.jpg
尼僧の蓮月さんですが、その人生は紆余曲折。
お武家さんの隠し子として生まれ、知恩院の寺侍の子となり
美人の誉れ高く才女に育つも、最初の夫との間に三人の子をもうけるが
皆幼くして亡くなり、夫とも死別。そのご再婚して
一女をもうけるが、こちらも亡くなりさらに夫も病没。
P1060723.jpg
養父と共に出家して尼僧になるも養父の死後は
知恩院に居られなくなり途方に暮れている所で始めた
焼き物に和歌を釘掘りで刻んだ蓮月焼きが評判になり
贋作が出るほどになる。そうやって得た財産も
飢饉の時は寄付し、鴨川に橋をかけたりと人々のために尽くした
P1060725.jpg
京都盆地の北の神光院に隠棲してからは、最後の文人画家と
呼ばれる富岡鉄斎を育て上げた。晩年近くには
自分が死んだときの為の棺桶を作って、それを米櫃替わりに
使っていて、貧しい西賀茂の人々が亡くなるたびに
米を出して棺桶を与えた。そんな人柄にを深く慕われ
蓮月が亡くなると、村人総出で弔われた。
尼僧とは言いながらも修行をした偉いお坊さんってわけでは無い
んだけど、観音様のような人だなぁ。。といつも思う。

と そんな解説をしつつ西賀茂を後にする。。
P1060727.jpg
で。。。次に訪れたのは今宮神社
最初に遠くまで行ったので、時間をみつつ南下して
駅に近づいて行こうという作戦!
今宮神社は京都三大奇祭の一つ やすらい祭で有名。
桜が散ると共に疫病が広がるということから、花の霊を慰め
無病息災を願おうというのが起源の古いお祭り。
P1060728.jpg
そして、今宮神社と言えばコレ!
これを食べるとその年は疫病にかからないと言われる
あぶり餅。久々にお店に寄りましたが、
すごいお客さんで、奥の座敷に入れたので楽しかったなぁ~
お店は二軒向かい合わせですが、今回も創業千年を誇る
一和さん~。

実は今宮神社に行くつもりはなかったんだけど、友達が
興味を持ったようなので行ってみて、久々にあぶり餅も
食べてむしろ正解だったなぁ。。。
当初行こうと思っていたのは。。。
P1060731.jpg
大徳寺。
特別拝観がうまい具合に開いていたら行こうかと思ったけど
残念ながらタイミングが合わなかったので、
とりあえず定点観測の高桐院
P1060733.jpg
細川三斎こと細川忠興の菩提寺
何がいいってここは写真撮り放題な所!
でも説明に夢中になって写真をあまり撮ってないw
この部屋は千利休が使っていた書院を移築したという意北軒
P1060734.jpg
千利休の高弟、利休七哲の一人である忠興と
ガラシャ夫人の墓は、利休が所有していた灯篭
この灯篭は秀吉が気に入り、利休に譲るようにせまるが
これを良しとしなかった利休が傘の部分を大きく割って
傷物は渡せないとしたもの。
P1060737.jpg
いつ来てもさくっと入れる高桐院ですが、北野大茶湯の際に
北野天満宮に三斎が作った二畳台目の松向軒、加藤清正が
朝鮮出兵から持ち帰った蹲踞など色々見どころがある。
本当は紅葉の時期に来たい所ですが。。。

他にも信長の菩提寺、千家の菩提寺、小堀遠州、蒲生氏郷
古田織部と歴史上の有名人が続々でてくる大徳寺のことを
あれやこれや説明してるとあっという間。。。
DSC_0040_20170307215355b82.jpg
とりあえずお昼ご飯は、大徳寺に来たら
高確率で行ってしまう中華のサカイでお決まりの
冷やし中華!

そんなこんなで 北野天満宮にも行きたかったけど
お昼過ぎには帰らないと行けないということで断念して
駅までお見送り。
同じ関東に住んでいるのに、オレは翌日も休みなので
またおいで!みたいな雰囲気で京都駅で別れるのであったw

次回は残りの時間で寺町通へ!



Tag:京都│ Category:全国制覇放浪記コメント:2│ トラックバック :--
21:25:08
さてさて 冬の放浪に友達が加わって
夜はたんまり食べたんだけど、写真を撮るのをすっかり忘れ。。。w
P1060703.jpg
それでも朝は早めに起きて移動開始!
とりあえず、荷物を預けるのも兼ねて市役所前駅へ向かう
京都ホテルオークラがこの近くだってことで、桂小五郎の像を探してみると
堂々としたお姿!この辺りに長州藩邸があったので ここに建てられたって話です
P1060707.jpg
そこからてくてく歩いて鴨川を渡る
まだ朝早いのと前日の雨がのこって
空気はつめたいけどすっきりしている
川を渡ってから三条駅辺りまで行ってバスに乗り込み。。。
P1060709.jpg
まずは 初詣気分で八坂神社
人が居ない写真はさすがに撮れないけど
運よく車の切れ間で西楼門がばっちり撮れた!
P1060710.jpg
西楼門から参道を行くと、いくつか摂社があるね
こちらは疫神社。蘇民将来命が祭神 祇園祭の時に「蘇民将来之子孫也」
と書かれたちまきが授与される。これを門口に掲げておくと災厄から逃れる
蘇民将来は牛頭天王、素戔嗚尊と同一視されている。
蘇民将来は祇園祭の重要なキーワード。
その昔素戔嗚が旅の途中宿を求めると、そのみすぼらしい恰好を見て
巨旦将来(弟)はすげなく断ったが、兄の蘇民将来は手厚く持てなした。
後に素戔嗚は身分を明かし、「蘇民将来の子孫也」と書いた護符のあるものは
疫病から逃れると約束した。ちなみに弟は滅亡させられたとか。。。
祇園祭が疫病を鎮めるためのお祭りが起源てこととつながっているのですね~
P1060711.jpg
その隣は太田神社、白髭神社。この辺りは屋台が並んでいる時に
ばかり来ているので、なかなか目がこちらに行くことが無かったなw

P1060712.jpg
祇園のえべっさんは参道の向かい側にある
商売繁盛で笹もってこい の今宮戎はもともとここの恵比寿さんを
勧請したもの。ってことでルーツはこちら!
十日えびすの準備だろうか。。
P1060713.jpg
本殿でお参りをした後、悪王寺社、美御前社のほうへ。。。
と思ったらピカピカの白木の鳥居!?ここは何もなかった気がする。。。
てことで 説明を読んでみると昨年建てられたばかり。
大神宮社とある。。。素戔嗚尊の姉神にあたる豊受大御神を祀ってるそうな
現在は素戔嗚尊がメインの八坂神社ですが、それよりも前に牛頭天王を信仰している
人々が多くて、その牛頭天王を素戔嗚尊は習合している。
牛頭天王ってのは新羅の辺りから伝わったらしき仏教の神様。祇園精舎の守り神
このキーワードでこの辺りを探ると、面白い。八坂神社の西側に広がるのは祇園。これは
祇園精舎から来ていることは明らか。そして少し北にある粟田神社の祭神は
牛頭天王。そのさらに北に西天王社と呼ばれた岡崎神社、東天王社と呼ばれた
須賀神社、この天王社というのは牛頭天王の事。明治の廃仏稀釈で神社の祭神に
仏教の神様が居るってのはおかしいでしょってなって牛頭天王色を薄めた所が多いらしい。

そんなことを話しつつ、ここを撮ったことで満足してしまったのか、肝心の本殿やその他の
摂社を撮るのを忘れてたw
P1060715.jpg
気が付いたら丸山公園の枝垂桜
まだまだ季節は先ですが、この姿もなかなか堂々としてます
もうちょっと時間があったら、奥の長楽寺へ行こうかと思ってたけど
それほど時間が残ってなかったのでバス通りへ。。。

てことで次回はなぜか一気に北に移動して
西賀茂からスタートでやんす~

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19:59:34
P1060631.jpg
さて聖護院の近くでお蕎麦をいただいて体力気力ともに回復!
次はどこへ行こうかなぁ。。と考えつつ東大路通まで出て来ると
聖護院八つ橋の本店の近くにあるのが熊野神社P1060633.jpg
こじんまりした境内ですが、ぽつぽつとお参りの人が来て途切れない
平安の昔は聖護院の森の鎮守として、修験道の守り神だったという
熊野信仰は当時かなり流行していたようですよ
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唐破風にも八咫烏!?
神武天皇を助けたという八咫烏がこの神社のシンボルになっているようです
P1060636.jpg
ほら、紫の垂れ幕や提灯に八咫烏のマーク
白河上皇の勧請や建礼門院の安産祈願で安徳天皇が生まれたりと
天皇家に近い神社でもあったようですよ
足利義満の寄進で社域は広大になったようですが、応仁の乱で焼失
江戸時代になって聖護院宮道寛法親王が再興。
P1060637.jpg
京都の三熊野と言われて信仰を集めた神社のうちの一つ。
摂社に春日大神、須賀大神、神倉神
春日大神は奈良の春日大社、須賀大神は素戔嗚、神倉神は熊野の関係らしい
P1060638.jpg
お稲荷さんもあるね~
商売繁盛のご利益は無いようですが。。。
縁結び、安産、病気平癒、鎮火、厄除け、道中安全などなど
八咫烏繋がりでサッカーお守りもあるらしい
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熊野神社にいる間に、次はやはり京の冬の旅で特別公開がある
妙法院に行こうと決断!3~4キロはあるし、途中で八坂神社や清水寺もあるけど
まぁ今日はウォーキングにしようと決めたので頑張ってみよう~。
聖護院の本店の横の不動産屋さんの建物が看板建築らしく、屋根が青銅みたいで
おもしろい。
P1060640.jpg
交差点を過ぎた所で、そっけない看板の定食屋さん
さっき食べたばかりだからお腹はすいてないけど
ちょっと面白そうだな。。と思って撮っておいたw
今度入ってみようかな~
と、のん気に歩いていたのですが、やっぱり有名寺社の前の人ごみで疲れた。。
そして 妙法院にたどりつくと。。。
ああ。。。なんと。。。聖護院と同じく公開してないじゃないかぁあああ(;´д`)トホホ
P1060641.jpg
ここまで歩いてきたので、京都駅にそのまま行っちゃおうかと思ったけど
どこにも入らないのももったいない。。。智積院はすぐ横だけど。。
まだ行ったことのない新日吉神宮に行くことに。。。
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妙法院の横の坂道を登る。。。
女坂と呼ばれる坂道だが、5キロ以上歩き回ってからの坂道はキツイ!
まぁこの辺りは京都女子中、高、大学等があるから女坂と言うらしいけどねw
途中にフォーシーズンズホテルがあったけど、お高いホテルに興味はないや。。なんて思いつつ通り過ぎて
しまった。。。後で平重盛邸跡だったことを他の人のブログで教えてもらい、写真ぐらい撮っておけばよかった
と後悔。疲れて来るとアンテナが働かなくなるのはいかんねぇ
P1060644.jpg
さて、はぁはぁ言いながらようやく境内!
まいでんの前に神社の案内が書かれている
お猿さんカワイイ。。。
もともとは後白河天皇が法住寺の鎮守として建てたそうですが、その後転々として
明治30年にここに移転した。
P1060645.jpg
ここの神社のお使いはお猿さん!
真猿と言って鬼門の守護をしている
そういえば京都御所にも猿が辻という所が有って、そこにお猿さんがいる。
そこの猿像は夜中に暴れるというので金網で囲われてるけど。。
こちらも囲われているw
P1060646.jpg
明治30年の移転はここの東側にある山、阿弥陀ヶ峰に豊臣家の滅亡と共に
破壊され、打ち捨てられた豊臣秀吉のお墓(豊国廟)を没後300年忌に再興に
合わせたもの。。。日吉神宮、お猿と言えば秀吉なのですね。
P1060647.jpg
ひっそりしてますが、なかなか重厚な社殿
アミアミの奥に本殿があるので、中はよく見えない。。。
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本殿の右手に梅の木?が印象的な摂社が二つ
明治の創建以来建て替えはしていないのかも。
古めかしい雰囲気が漂っている。
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右側は愛宕・秋葉さん どちらも火伏の神さまで有名
秋葉さんは秋葉原の地名の元にもなっていて関東の方が多いイメージだなぁ
愛宕さんは奥嵯峨の西側にあるからね!
P1060650.jpg
そして左側が豊国神社
旧・樹下社(このもとのやしろ)
これが徳川によってお墓も壊されてしまった豊臣秀吉を
密かに祀っていた神社なのですね~。
このもと=樹下=木の下=木下 で日吉神宮=日吉丸
となって 木下藤吉郎、幼名日吉丸=豊臣秀吉ってこと
こういう文字の読み替えによる隠語的な物は思った以上に多いので
当時の人でも気が付いている人は少なくなかったと思うんだけど
そこは武士の情けってやつですかね~
P1060653.jpg
本殿裏には御神木の椎の木(スダジイ)
広がった枝をいくつも支えている。しめ縄が手前の石にも。。
大事にされているんだなぁ
P1060655.jpg
そしてぐるっと回って反対側に行くと天満宮
飛梅天満宮って名前はここだけっぽい。
菅原道真と飛梅の伝説はよく知られてますが、飛梅まで一緒に祀られているのは
珍しいそうです。。。後白河上皇が建てたらしいですが、まぁどうやらいっしょくたにしてしまった
って感じらしいですw

さて、この裏にいけば豊国廟ですがもう日も傾いてきたし
つかれたし。。。京都駅にとりあえず行ってみておいしそうなものを探そうか。。
京都タワーのお土産屋さんも行きたいな。。。
P1060658.jpg
と。。。京都タワーまで来てみたらなんと工事中
名店街は終了してしまったのか。。。
一階のお土産エリアはリニューアルしてもあまり変化はないかもだけど
地下は100円ショップというか雑貨屋というか。。。毛糸とか売ってたからなぁw
昭和っぽくて好きだったけど、新しくなるのもちょっと楽しみ!
地下のお風呂は営業中!朝7時からやってる貴重な銭湯なので
こちらは無くなっては困る!
P1060659.jpg
おおお!よく見ると
たわわちゃんが「おじぎびと」になってるぞ!
工事現場等の看板で作業服にヘルメットでお辞儀をしていることで有名な
通称「おじぎびと」ですが、これはレアだな~。おじぎびとを撮影してコレクションしてる人
もいるので、これは撮っておいた方がいいかもね!
P1060663.jpg
さて京都駅についてみたものの。。
まだそんなにお腹がすいてない。
大階段に謹賀新年とかのライトアップがあるかと思いきや
それも無いようだったので、今日の宿泊地に着いてからご飯にしよう。。。
P1060667.jpg
ということで ようやく一日が終了
教の宿泊地は。。。ほら あっちに見えるでかいビル!
あれはあべのハルカス~~
P1060668.jpg
そう ここは新今宮!!
あまりに安いお宿があるなぁ。。と思いつつ翌日の予定が
この辺りからなので宿をとってみたのですが、ここはあの
あいりん地区だったんですねぇ。。。夜はちょっとデンジャラスかも!
なんてことを大阪の知り合いに聞いてちょっとドキドキしてたのですが
DSC_0034_20170205194928e1d.jpg
大衆劇場が残っているなんて!!
しかも新しい花輪がこんなに。。。
ディープだけど面白そうな街だなぁ
と、そんなところで食べたいのは。。。
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やっぱりお好み焼きですねぇ
スジネギのお好み焼き!
スジネギ焼というと醤油ベースのお店が美味しかったのですが
ソースで食べるのは初めて。。。
この付近でお好み焼きで検索すると出て来るお店は何軒もあるけど
その中にここのお店は出てこない。地元の人がカウンターで飲んでる感じですが
味は。。。う。。旨いw 外側のパリッとサクサクな感じがすごいなぁ

お店の中や外装は新しめだったので、これから有名になったりするかも。
それとも、厳しい大阪人の目からしたらまだまだなのか。。
いやいや十分オイシイけどね!

てことで 次回は大阪の朝からでやんす~

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21:57:50
P1060610.jpg
さて前回からの続き。。。
平安神宮を通り過ぎて丸太町通りを渡るとすぐに須賀神社
そしてその向かいに積善院準提堂。
まぁ平安神宮がでかすぎるので、すぐ裏っていう感じでもないけどねw

てことで 準提堂に入って見ますよ~
五大力尊と書いてある。。。五大力尊というと不動明王を中心とする
明王さんグループ。。。ゴレンジャーの元になったんじゃないか。。とふと思ったりw
明王さんは異形の姿で現れて、悪を祓い仏教を守護するお方。
足や腕がいっぱいあったり、牙があったり、色んな武器を持っていて炎に包まれている
遠い昔の変身ヒーロー!
P1060612.jpg
さて。。。興奮してる場合じゃないですな。。お参りしなきゃ!
積善院準提堂は聖護院の門跡を代行することもあった
一院家(いんげ:塔頭のこと) 創建は鎌倉時代でかつては「梅の坊」と称した
明治の初めに準提堂と合併されて現在の名称に。。。
P1060613.jpg
手前は休憩所みたいな感じかな?
奥が本堂。御本尊は不動明王でこちらは智証大師の作風だというが
智証大師と言えば、比叡山の山の中でふいに御廟を見つけたのを思い出した。
平安のころのお坊さんなので、鎌倉初期に作られたという本尊は智証大師インスパイアってことですね

そして明治初期に合併した準提堂の本尊準提観音もある。こちらは聖護院宮盈仁(えいにん)法親王
の開眼だそうです。
P1060614.jpg
本堂を覗いて見るも、傾き始めた陽の反射でよく見えない。。。
お不動さんは見えたような気がするぞ。。。

そういえば。。。五大力、準提というキーワード。。どこかで聞いたことがあるぞ。。。
としばし考える。。。浮かんできたのは醍醐寺
そう 醍醐寺は五大力尊仁王会(にんおうえ)っていうお祭りみたいのがあって
大きな鏡餅(男性150kg、女性80kg)を持ち上げて無病息災を祈るっていうのが有名
そして2008年に焼失したことでも記憶に新しい准胝堂も醍醐寺(准胝の字が違うけど同じ意味)

醍醐寺と聖護院の共通点を結ぶのは。。。この灯篭の文字にヒントあり!
役行者といいえば修験道。醍醐寺も聖護院も今では単立寺院ですが
聖護院はその名もずばり本山修験宗。醍醐寺も古義真言宗に属する修験宗の一派なのです~
P1060616.jpg
なるほどなるほど。。。と、本堂前でニヤニヤしながら納得。
周りから見ると、何を立ち止まってニヤニヤしてるんだろう。。
って感じでしょうが、京都巡りはこの繋がりを見つけるのが面白いんだよね~。

さてこちらは・・・?
お墓かとおもったら 近松門左衛門の浄瑠璃「近頃河原達引」にちなんだ
お俊伝兵衛恋情塚だそうです。
お俊(おしゅん)の文字はわかるけど 恋情の恋の字が悪に見えて不吉な門かと思ってしまった
まぁお話しの中で、この付近、聖護院の森で心中しようとしたってことにちなむってことなので
楽しいもんではないですな。。。
P1060617.jpg
本堂の裏手には小さなお堂
石仏らしきものがまつられているようだ。。。
P1060618.jpg
横にも石仏が。。。
こういうのは、付近に捨て置かれたもの等をまとめて供養している
パターンが多いので、そういったものだと思われます
P1060619.jpg
三つ並ぶお堂の真ん中に説明書きが。。。
おお これが!!
聖護院にあるとは聞いていたが、準提堂の方にあったんですね
「人食い地蔵」
正しくは崇徳院地蔵なのですが、保元の乱に破れて讃岐に流され
無念のままに亡くなって、その祟りが都を襲ったといういわれのある崇徳院
そのエピソードからか、すとくいんがなまっていつの間にかひとくいじぞう になってしまった
そりゃあんまりですよねぇ。。。お可哀そうに。。と手を合わせる
P1060620.jpg
振り返ると 駐車場!
表から見ると 古めかしい感じのほうが強いのに
うまいこと作ってあるなぁ。。。表の門には道が狭くて行けないから。。
ここから裏口に行くと出れるのかな。 変な所で感心してしまったw
P1060621.jpg
さて お次は本命の聖護院
西日が反射してよく見えませんが、門跡寺院ですから、ちゃんと壁に五本の線が入っておりますよ!
今回は、京の冬の旅の特別公開があるという事で
前々から来たいとは思いつつもついつい忘れてしまっていたので、いいチャンス!と思ったわけです
P1060623.jpg
しかし。。。なにか様子がおかしい。。。
特別公開の看板がない。。。(・ω・。)キョロキョロ(。・ω・)
もしや。。。まだ公開してないとか。。。
御朱印等の為に札所のような所が開いて居たので
訊ねてみると。。やはりまだ公開前なのだそうで(;´д` ) トホホ
夏もこのパターンだったなぁ。。。1月7日からといいつつその日から開いてないのが多いよ!
P1060624.jpg
まぁでも数珠巡礼の数珠玉をゲット出来たので
それだけでもよかったと思うべきかな。。。
夏に始めた近畿三十六不動巡りの中にこの聖護院も入っているんだけど
順番通りに回りたいので今回は御朱印はスルー

朝4時過ぎからお昼の2時半まで頑張ってこの結果は厳しいぜ!
お腹が空いてきた。。。。( iдi ) ハウー
P1060629.jpg
ちょいと空腹でフラフラしつつ聖護院を後にして
もう何でもいい。。。座ってゴハンが食べたい。。
と思っていた所に。。。お蕎麦か!
門構えが立派すぎてお高いかも。。と思いつつも
フラフラと入ってみる
P1060628.jpg
ほら料亭みたい。。。
もうランチタイムも過ぎてるし、すげなく断られたりするんじゃないか。。
まぁ とりあえず行ってみるか。。
P1060626.jpg
と 中に入るとこの雰囲気!
味があるなぁ。。。
お店の方も気軽に話しかけてきてくれて
とても気持ちがいい
P1060627.jpg
そして 頂いたのは
親子そば
関西ではよくあるのかなぁ あまり見たことが無い
親子丼の蕎麦バージョン。鶏肉と溶き卵の入ったお蕎麦でした
蕎麦はやや太さのある更科っぽい感じだった。ほわっとした感じの優しい歯ごたえ。
名物は養老鍋という蕎麦すきで鶏肉、エビ、ひろうす、九条ねぎ、京野菜等が入った鍋だそう。。
家族でまた来たいなぁ~と思うお店
お蕎麦は普通のお蕎麦屋さんと大して変わらないので実はとても気楽に入れるお店でした
鍋も3500円ぐらいだそうなので、この雰囲気込みなら問題なし!

てことで、がっかりした後にイイことがある。。。てな経験を
何度もしていると、がっかりするたびに寧ろその後の
ラッキーを期待してしまうようになってる今日この頃。。
次はまたがっかりかしらん。。。なんて思いつつ次回へ!

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