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2017/03«│ 2017/04| 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 »2017/05
22:45:12
さて ペースが若干落ち気味でございますが。。。
ネタはい~~っぱいあるんですw
ありすぎて 整理がついてないとも言う。。。
さて。。。言い訳はやめて書き始めましょう~~
DSC_0928.jpg
どんよりした中、東福寺一帯を後にして。。すぐにまた下車したのは智積院
東山七条のバス停で下車するんだけど、南下するときのバス停は智積院の目の前なのに、東福寺から北上してくると、同じ東山七条のバス停なのに京都国立博物館の前まで行ってしまって、結構戻ることになって損した気分w
DSC_0927.jpg
目の前を通ることはあっても、広すぎて疲れそう。。。という理由で入ったことが無い智積院ですが。。
今回は、一番来たかった場所と言っても過言ではない!
それは 智積院の特別公開!長谷川等伯の障壁画が!!って 普段も見れるようですね。。。w
特別公開なのは宸殿 堂本印象の障壁画だそうです~
DSC_0929.jpg
まあそれでも 等伯の障壁画は大迫力でございますよ。。。
ここで 智積院のことを書こうかと。。。
DSC_0931.jpg
なかなか歴史ロマンを感じさせる流れがあるのですが
複雑なのでちょとおつきあいを。。。w

智積院は元々紀州にあった根来寺の塔頭。
根来寺は根来衆と呼ばれた僧兵を擁する、境内都市で隆盛を誇っていて
種子島銃を取り入れ、織田信長とは協力体制にあったが、信長没後の覇権争いの時で
秀吉VS家康&織田信雄の戦いがあった時に、家康&織田側についたことで秀吉に警戒され
その後秀吉の攻撃を受けて陥落。智積院の住職だった玄宥は秀吉の根来攻めの前に高野山に逃げる。
秀吉の天下になって数年、息子の鶴松が数え三歳で病没。
菩提を弔うために祥雲禅寺を創建。
関が原の戦いで、徳川家康が勝利後、玄宥に豊国神社付属の寺院の土地が与えられえ、智積院復興。
さらに豊臣氏滅亡後に祥雲禅寺の寺地も与えられる。。。
で。。。ここに寺宝として保存されている長谷川等伯の障壁画は祥雲禅寺の客殿に飾られていたもの。。
DSC_0932.jpg
そこにも 一つ歴史の流れがあったのです。。。
コレを年代でまとめてみると。。。
1585年 秀吉、根来攻め。智積院含め全山炎上
1589年 鶴松生まれる
1591年 千利休秀吉の命により切腹(4月21日)
1591年 鶴松病没(9月22日)
1593年 長谷川久蔵(等伯の息子)死没
1593年 祥雲禅寺竣工
1601年 智積院復興
1615年 智積院、祥雲禅寺の寺地を得て拡大

ここで、利休の切腹を入れたのは、長谷川等伯と旧知の仲だったということから。。
久蔵は父・等伯を凌ぐ才能があると言われ、誰もが認める存在だったが、急逝。。。その中で
この障壁画を描き上げた。。。と考えると感慨深いものがあるね~
久蔵はこの時狩野派の絵師と一緒に仕事をしていたという話もあり、ライバルだった狩野派が
長谷川派をねたんで。。。なんて話もあるけど そこは不明

利休の切腹以降、少しずつ歯車が狂っていく感じと、それと同じように衰退する長谷川派
家康の巻き返しと共に復活する智積院と画壇を席巻する狩野派。。いろいろからみあってるなぁ。。
DSC_0934.jpg
などと考えながら 収蔵庫を後にして講堂に入り、名勝庭園へ!
こちらは利休好みの庭園と伝えられていますが智積院になってから七世の運敞(うんしょう)僧正が修復した
築山・泉水庭。築山は中国の廬山をかたどっていて、手前の池は書院の縁側の下まではいりこんでいます。。
います。。が。。。
DSC_0933_201502122213290f0.jpg
この日は治水調査のため 池の水が抜かれていましたw
DSC_0938_20150212222238f54.jpg
すっからかん。。。(;´д` ) トホホ
池の水を抜かれてい名勝庭園を見られるのも貴重ですよ!なんてガイドさんが言ってましたが
実は結構な頻度で抜かれているみたいですよw
DSC_0941.jpg
その書院の後ろには
きらびやかな障壁画。コレは写真にとってもいいそうです
等伯の障壁画も、完成当時はこのぐらいきらびやかだったんだろうなぁ。。。
DSC_0944.jpg
この桔梗の紋は 智積院の寺紋
ですが、元を辿れば 祥雲禅寺を建てる時の建築を命じられた加藤清正の紋
最終的に残ったのは 豊臣家じゃなくて智積院のほうですが
今となっては過去の話。恨みっこなしでいきましょう
1423741825004.jpg
特別公開ガイドブックに乗っているのは 堂本印象の障壁画。右のテーブルに座ってお茶してる
ご婦人の障壁画です。和室にあるので、かなりなミスマッチ感もありますがおもしろい
そして その下が長谷川等伯の渾身の障壁画 「楓図」国宝です!
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ついでと言ってはなんですが、智積院のほうで頂いたガイドも。。。
楓図と水がある庭!!w
そして 平成20年に奉納されたばかりという 襖絵
東京芸大の名誉教授でもある田渕俊夫氏の60面に及ぶ襖絵
全部 墨絵で白黒なんだけど、すごく陰影がシャープな部分と幽玄なところが混ざり合って
襖の中に光源があるのが見える、すばらしいものだと思いますよ!

DSC_0946.jpg
ということで、なかなか濃密な智積院でございました~~
ちょいと書き疲れましたので、今日はここまで!

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コメント
大阪さん>
奥のほうに 金堂や不動堂もあって、後楽園遊園地より広そうw
ここは観光客もやや少なめなので、のんびりできればいいんだけど、ちょっと檀家さん用の会館とかもあって
近代的っぽく見えちゃう。。。斜め向かいの京都国立博物館とセットで行くのがいいかも!

ばるさろ│URL│2015/02/16(Mon)21:16:37│ 編集
色鮮やかな壁画ですね~。
五正色幕の幕も雰囲気ありますね。

osakaken│URL│2015/02/16(Mon)12:48:17│ 編集
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