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22:12:07
さて 京都の夏の旅もようやく大詰め
なんだかんだで、予定に近い感じの時間で進んでよかったよかった。。。

最期に行きたいところは神社!
DSC_0288_20151009210446e41.jpg
蓮華寺からさほど離れていない所に
まずは伊多太神社の立派な名前の入った石柱。案外新しくてキレイですが
神社の由緒は古く、延喜式内社 土地の守り神のようなもので湧き水の神様ですが。。。
DSC_0289_20151009210453c22.jpg
現在は、この崇道神社の境内に合祀されています。
さらに合祀されているのは 小野神社。こちらは小野妹子の一族の氏神ですね~
DSC_0290_20151009210459b2e.jpg
ついでと言ってはなんですが、小野毛人(おののえみし)のお墓もこの山の中にある
毛人は小野妹子の子で、この裏山の山腹の墓から墓誌が発見され、それによって毛人の墓だと特定されて
この鋳銅製の墓誌は国宝に!
DSC_0291.jpg
昼なお暗い。。。という表現がぴったりの参道
すこし日も陰って来て、ひんやりした風が。。。
DSC_0292_201510092104566fa.jpg
さて こちらが本殿。 結構な長さの参道を進むにつれて 結界の中に入っていく感覚が強くなる
首筋にひやりとする風が。。。!
そう この崇道神社に祀られているのは、祟り神と言われる早良親王なのだ!

と おどろおどろしく書いてしまいましたが。。。
早良天皇は平安京を開いた桓武天皇の弟。その昔 奈良の平城京から長岡京へ遷都した時に
長岡京の造営の責任者だった藤原種継が暗殺され、その犯人として捕らえられたのが早良親王なのです

早良親王は今も長岡京にある乙訓寺に幽閉されたが無実を訴えて絶食を決行。それでも聞き入れられず
廃位され淡路島に流されることになり、その道すがら淀川べりで息絶えた。遺体はそのまま淡路に流される。

その後、桓武天皇の正室や側室、早良親王の母などが相次いで亡くなり、都に疫病が流行り、桓武天皇の皇子も
病に罹る。。。結局 桓武天皇は長岡京を捨て 平安京へ再び遷都することになるのだ

ということで、ちょっと切ない話なのですなぁ。これはかなり高い確率で濡れ衣だったと思われるようで
早良親王の無念はいかばかりかと慮りながら手を合わせることにしました~
DSC_0294_20151009215505668.jpg
こちらは参道の途中にある 伊多太神社
平安京に遷都した後の延暦19年に早良親王に崇道天皇と追号を送り墓を奈良市内に移した
崇道神社がいつできたかは不明ですがこのこの前後じゃないかと思われます。
上御霊神社や藤森神社にも崇道天皇が祀られていますが、崇道天皇のみを祭神としてるのはここだけ。
DSC_0295_201510092155087b8.jpg
その後、付近の神社や小野神社を合祀して今に至るわけですが
DSC_0297_201510092202033d9.jpg
こちらは 小野神社
今となっては 地元の鎮守様みたいな感じなのかな
元旦、成人、入学祈願などの行事をはじめ、節分例大祭、五穀豊穣祈願と
地域のお祭り的なものがいっぱいある

早良親王の無念もこの穏やかな土地で晴れたんじゃなかろうか。。。
というか 平安京になってからの菅原道真の祟りの方が有名すぎてあれですけど。。。(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル


さて ちょっといろいろ熱く書きすぎてちょいと疲れたので
残りはまた次回ということにw

ついでにもう一つ気が付いたのは、叡山電車のY字の分岐の付近から山にかけてが
小野氏の力が強かったんだろうと伺えるところだなぁ~
ということで次回!

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コメント
大阪さん>
祟りを恐れて神に祭り上げる御霊信仰というのが、この時代は特に強かったようですね~
藤原家の陰謀に天皇家も振り回されて、疑心暗鬼の世の中だったのかも。。。
三大怨霊は道真、崇徳天皇、平将門ですが、早良親王も非業の死と言っていいでしょうね
都を移動させたぐらいなのだから、もう少し恐れられてもいいぐらいじゃないかと!
まあ 京都検定の勉強を始めてから知ったことばかりなんですけどねw

ばるさろ│URL│2015/10/12(Mon)20:53:03│ 編集
No title
知らない事ばかり・・お恥ずかしい。

どんな時代も 疑われたり 陥れられたり・・
人のしでかす恐ろしさを感じます。
お祀りするのは そういう事への反省とか恐怖とか悲哀とか あるのかもしれませんね。

osakaken│URL│2015/10/10(Sat)20:19:50│ 編集
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